Q&Aコーナー

Ⅲ、『救いについて』

Q10.「本当に救われるなら、いくらお金がかかってもいいと思います。どれくらいお金がかかりますか?」

A10.この世では、どんなことにもお金が必要です。ですから、本当に救われるなら、いくらお金を出してもいいという気持ちは、わからないこともありません。しかし、実際のところ、わずかばかりのお金で、救いを買い取ることができると思ったら、大きな間違いです。一人の人間が救われるために支払われた犠牲の価が、どれほど莫大なものであったかを知るなら、そのことはよくわかると思います。一人の人間が救われるためには、どれだけ多くの人が大きな犠牲を払っているか、わからないほどです。しかし、人間が大きな犠牲を払っている以上に、神様はもっと大きな犠牲を払われました。そのひとり子イエス・キリスト様を十字架上で死なせるという、大きな犠牲を払われたのです。それに対しては、私たちは自分の全財産をささげてもまだ足りないくらいです。

 ですから神様は、この救いに対しては、どんな代価も要求されずに、それを無代価で与えてくださいます。それは、私たちには、支払いきれないほど高価なものだからです。私たちに要求されていることは、この救いを自分のものとするために、いくらのお金を払わなければならないということではなく、心から感謝して、それを受け入れることなのです。

 神様が用意してくださったこの救いのすばらしさがわかれば、私たちは心から献金をし、自分の身もたましいも主のためにささげ尽くすということは、自然のことです。しかし、だからと言って、それで救いを買い取るのではありません。救いはあくまでも、無代価で提供されており、無償で与えられるものなのです。救いがそれほど高価なのに、それを受ける私たちが無力であり、救いを獲得するだけの力がないからです。だからこそ、その救いを受けた者は、感謝の気持ちから献金し、献身するのです。